パナソニックから分離独立したカメラメーカーの成長戦略
オープンポリシー
オープンポリシーとは水平分業のことです。i-PROはハードウエアメーカーであり、得意分野であるカメラなどのハードウエア開発に特化します。同時に、ハードウエアだけでは足りない部分、すなわちソフトウエアやシステムインテグレーションは世界中の優れたパートナーと分業します。
セキュリティシステムは一般的に、①カメラなどのハードウエア、②顔認証など画像解析ソフトウエア(アナリティクス)、③システムを統括するVMS――で構成されています。そして、これらを施主の要望に基づいて最適に設計・施工するのが、④システムインテグレーションです。パナソニック時代には①から④までをソリューションと称し、すべて自前で提供することを目指していました。しかし、i-PROの目指すオープンポリシーとは、自分たちの存在意義を①に見出し、②から④までを担うパートナーとの関係を戦略的に再構築するという意味です。
i-PRO設立以後、我々は積極的にVMSベンダーやAIアナリティクスベンダーなどとの関係の再構築に尽力してきました。パナソニック以外のこれらベンダーと協業した案件の売上総額は、2019年度と比較すると、2022年度にはほぼ2倍の規模に拡大する見込みです。
このように、オープンポリシーはまさにi-PROの成長の原動力になっています。2022年4月に我々の社名から「パナソニック」の名前が消えましたが、それもパートナーとの関係を再構築するうえで有利に働いています。パナソニックと競合する大手システムインテグレーターにすれば、我々がオープンポリシーを宣言したところで、パナソニックの名前のついた会社 からカメラを購入することには抵抗があるでしょう。幸い、i-PROの品質についてはパナソニック時代からの定評がいまだに健在で、我々がパナソニックの社名を外してオープンポリシーへと方針転換することを、多くのパートナーが歓迎してくれました。品質の信頼性という資産を築いてくれたパナソニックの先人たちに感謝しなければなりません。
実は、このオープンポリシーを掲げたとき、社内外から多くの質問を受けました。はたしてソリューション事業を手放してよいのか、昨今ではAIを利用した最新のソリューション事業に注目が集まっているのに、カメラというハードウエアに特化してよいのか、と。なるほど、AIは誰もが注目する成長分野です。単なるセキュリティカメラメーカーより、AIソリューションベンダーと呼ばれるほうが、時流に乗っており、聞こえもよい。当然の疑問だと思います。
こうした質問には、次の例え話を紹介することで、その答えとさせてください。19世紀半ば、アメリカのカリフォルニア州では、金脈を探し当てて一獲千金を狙う採掘者たちが殺到する「ゴールドラッシュ」が起こりましたが、このときに大儲けをしたのは誰だったでしょう。この地で最初に砂金を見つけた人物、ジェームズ・マーシャルでしょうか。彼に続けと集まってきた「フォーティナイナーズ」の誰かでしょうか。答えは、何とリーバイ・ストラウス(Levi Strauss)です。リーバイスは、何か画期的な技術を開発したわけでも、採掘作業に手を貸したわけでもありません。厚手で丈夫なキャンバス生地でつくったジーンズを提 供しただけです。しかも、特許を取得したので、ジーンズが発明された1870年から、特許が切れる1890年までの20年間、独占の恩恵にあずかることができました。

AIを活用してアナリティクスやシステムインテグレーションを提供するベンダーが金の採掘者だとすれば、我々はリーバイ・ストラウスを目指します。彼らと競争して金を採掘するのではなく、AI用カメラという“ジーンズ”を提供するのです。一獲千金を狙って多くの野心家が西部を目指したように、AIソリューションを展開するプレーヤーは大小問わず、ひしめい ています。その数は世界で数千、いや数万はいるかもしれません。一方、AI分野のニーズに応えられる確立された技術を持つカメラメーカーは限られています。かつてジーンズを製造できたメーカーが限られていたように。
AIに使われるデータの約60%は画像だといわれています。つまり、AIの入り口の過半数はカメラであり、カメラはAIを扱う人にとって必須の道具なのです。しかしながら、ジーンズのような利益の源泉になりうるのでしょうか。「カメラなんて、誰でもつくれるコモディティじゃないか」と主張する人もいます。その疑問に答えるには、もう少し先人たちの戦略から示唆を得る必要があります。我々は、まず「規模の経済」に着目しました。AIソリューションビジネスとAI用カメラビジネスのどちらに、規模の経済は働くでしょうか。
AIの利活用や普及は、世の中で騒がれているほど進んではいません。実際、コストはまだまだ高い。その理由は、金融向けソリューションやERPといった標準化が進んだ分野と異なり、AIソリューションは案件ごとにカスタマイズする必要があるためです。言い換えれば、汎用性が乏しく、規模の経済が働くほどの大量生産には至らないのです。このような状況を、我々は「AI市場は超分散している」と見ています。
AIエンジニアたちの現状を見ると、多くの場合、施主の現場に張り付いて、失敗を重ね、試行錯誤しながらつくり込んでいく。こうした多忙を極める現場に寄り添えるカメラメーカーがあれば、AIはもっと進歩するでしょうが、残念ながらそのようなカメラメーカーは存在しません。これがAI市場の課題であり、我々にとってのビジネスチャンスでもあります。ただ し、この商機を獲得するには、AI用カメラの種類をもっと増やし、かつ1台単位で即納できなければいけません。そして、ここに規模の経済を働かせて実現できれば、我々はリーバイ・ストラウスになれるのです。
AIは誰もが認める成長市場ですが、AIソリューションを追求すると、規模の経済のメリットにあずかることはできません。しかも、AIの入り口となるカメラを多品種少量で生産し、即納できる能力を備えたメーカーが世の中に存在しないせいで、世間が期待するほど市場は成長していません。ここに、i-PROがAI用カメラの多品種×少量×即納という仕組みを確立すれば、市場は成長し、我々はそのデファクトとなって「指数関数的な収穫逓増」を期待できます。私があえてソリューションを手放し、経営資源をハードウエアに集中させる理由はここにあります。
この多品種×少量×即納の仕組みを確立するには、2つ目の戦略コンセプトである「タイムベース競争」がカギを握ります。これはオペレーショナル・エクセレンスによって競争優位を構築するという考え方です。具体的に見ていきましょう。