パナソニックから分離独立したカメラメーカーの成長戦略
栄光、低迷、そして再出発
2022年4月1日、当社は社名を改めました。
「パナソニックi-PROセンシングソリューションズ株式会社」から「i-PRO株式会社」となり、出身母体であるパナソニックの名前が消えました。この社名変更は通過点のひとつですが、我々の心に刻むべき転換点でもあります。この機会に、当社が設立されてからいまなお続いている会社づくりの軌跡を振り返り、将来の構想をご紹介したいと思います。
2019年10月1日、パナソニックi-PROセンシングソリューションズは、パナソニックから分社し、独立した企業になりました。もちろん、単なる器の変更に留まるものではなく、パーパスや戦略の転換であり、事業領域の再定義であり、関係の再構築であり、組織の改革の始まりでした。それは、いまなお続いている、果てしない旅の第一歩でもあります。
i-PROの源流は、1957年、松下電器産業中央研究所で業務用監視カメラが開発されたときに遡ります。その後、松下通信工業、九州松下電器、三洋電機との合従連衡を経て、1990年代までは世界の画像センシング業界におけるリーダーの一角を占める存在でした(図表1「i-PROの沿革」)。しかし世界的に見ると、我々は市場の変化に鈍重でした。国内ではまだ大きなシェアを有しているものの、国外では新興勢力の後塵を拝する存在になってしまいました。欧米の同業他社が2桁成長を遂げているにもかかわらず、我々は長年同じような水準に留まっていたのです(図表2「欧米のライバルとの成長スピードの比較」)。


パナソニック時代からの自信の源でもあった製品開発力も落ち込んでいました。事実、セキュリティ業界の調査会社による2019年の調査では、カメラの性能評価でライバルに大きく水をあけられていることが明らかになりました。その背景には、ライバルたちが新しい技術とビジネスモデルで競争地図を塗り替えてきたことが第一に挙げられます。後知恵になりますが、「成功の罠」という言葉があるように、我々のやり方は時代遅れになっていたにもかかわらず、それに気づかず、かつてのやり方から脱皮することができなかったと言わざるをえません。
どこに問題があったのでしょう。ここで、お客様、ライバル、自社――いわゆる3C(customer-competitor-company)の視点から振り返ってみたいと思います。
まず、お客様からです。そもそもi-PROのお客様とは誰なのでしょうか。セキュリティシステムは、監視カメラなどのハードウエアと、画像分析やシステム統括等を行うソフトウエアとで構成されています。システム設計を行うのはシステムインテグレーターと呼ばれる人たちで、施主の要望に基づいて最適なハードウエアとソフトウエアを選定します。本来はこうしたシステムインテグレーターが我々のお客様であり、少しでも多くのシステムインテグレーターに選ばれるよう、メーカーは製品開発やサービスの向上を目指すべきです。
ところが、パナソニックは全社を挙げた「モノからコトへ」のかけ声のもと、ソリューション事業へと大きく舵を切りました。i-PROの前身であるセキュリティシステム事業部も、これに続きました。ビジネスモデルを、ハードウエアの提供だけでなく、付随するソフトウエアを含めたシステム全体を施主に提供する方針に転換させたのです。その結果、本来お客様であるべきシステムインテグレーターと競合してしまう例も出てきました。
i-PROが設立されて間もない頃、開発部門から1件の提案がありました。車のナンバープレートを高度認識するシステム開発案件でした。その目的は、駐車場システムなどを納入する国内システムインテグレーターに対抗するためである、と。もちろん、そのシステムインテグレーターはカメラを製造していません。裏返せば、彼らは潜在顧客です。しかし、我々はこうした潜在顧客に自社製品を採用してもらおうと努力するのではなく、逆に彼らの仕事を奪おうとしていたのです。こうした例は枚挙にいとまがなく、多くの機会損失を発生させ、我々の資源も分散を余儀なくされました。
欧米のライバルはどうだったのでしょう。1990年代後半には、ITとインターネットによるデジタル革命が世界に広がり、技術進歩はいっきに加速しました。こうした環境変化のもと、彼らは水平分業の道を選びました。ハードウエアメーカーはハードウエア開発に、ソフトウエアメーカーはソフトウエア開発に、システムインテグレーターは施主の要望を実現することに、それぞれ特化したのです。そして、互いに協業しながら、市場機会を機敏に取り込んでいきました。その結果、欧米では、セキュリティシステムのプラットフォームとなるビデオマネジメントソフトウエア(VMS)の大手数社と大手カメラメーカー数社が市場を分け合 うという、新しい業界地図が描かれました。その中に、残念ながら我々の名前はありませんでした。彼らから見ると、ハードウエアからソフトウエアまで垂直統合で施主に提供しようとするパナソニックは協業しにくい相手だったのです。
こうしたビジネスモデルに起因する不都合な現実のほかに、我々自身のオペレーションにも問題がありました。パナソニックのモノづくりには定評があり、品質や製造効率は素晴らしいものがあります。しかし、こうした長所は「時間」の代償の上に成り立っていたのです。たとえば、欧米の競合の新製品開発サイクルが2~3年なのに対し、我々は4~5年かかっていました。設計を練りに練って、最高のものに仕上げることを追求していたのです。しかし、いくら最適に設計されたものでも、デジタル時代にあっては2年も経てば時代遅れとなり、高い性能評価を維持することはできません。
また製造にしても、在庫の最少化を前提とした生産計画の最適化を目指していました。そのしわ寄せはお客様に及び、長いリードタイムを強いられていました。一方、競合他社は、お客様から即納の要求があればすぐに対応できるように、製品在庫を余分に用意していました。お客様の目からすれば違いは歴然です。私が着任して間もない頃、アメリカのお客様を訪問した際にEDI(電子データ交換)による我々との取引画面を見せてもらいました。納期について調べてみると、自動的に「90日後」と表示されるのを見て、愕然としたのを覚えています。
かつては、松下電器産業のナショナル/パナソニック・ブランドのおかげで大きな市場シェアを獲得し、十分な収益にあずかっていました。特に日本市場では販路も確立し、競合も少なかったことから、半世紀近くにわたってこのビジネスモデルが通用してきました。しかし、世界の目は厳しいものでした。それが図表2の成長スピードの差や、第三者の製品評価に表れてきたと考えます。結局、新興勢力にこうした油断を突かれ、版図は奪われていったのです。まさに成功の罠にはまっていました。
我々がパナソニックから独立し、再出発に向けて社名を変更したのは、もちろん表札をかけ替えただけではありません。新生i-PROは、まず我々の先人たちがかつて築いた世界のリーディングポジションを奪還したいと考えています。この数十年、我々のライバルたちは、我々とは異なるビジネスモデルで競争原理を変更し、新たな市場を創造してきました。ですから、i-PROは劣位からの再出発です。いままでのやり方では、いくら頑張っても強力なライバルには勝てないでしょう。かつてライバルたちがしたように、我々も新しいビジネスモデルを引っ提げて、競争原理を刷新し、新市場を開拓する必要があります。このことを組織全 体で深く理解し、みずからの行動を改革しなければならないのです。
2019年、さっそく戦略の再設計に着手しました。我々が新たに構想した戦略は、大きく2つのコンセプトから成り立っています。ひとつは「オープンポリシー」、もうひとつは「タイムベース競争」です。